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首相襲撃事件の犯人像を考える

再び日本国の首相が襲われた。徐々に背景について報道されるだろうが、犯人はなんでこんなことをするのかを考えてみた。

(今週の一枚)🌸(次こそは絵を…)

 

 安倍元首相が銃殺され大騒ぎになったが、今回は現役の岸田首相がパイプ爆弾で襲撃された。2度目は不幸中の幸いで死者は出なかったが選挙戦を狙って行われたテロ攻撃は日本の民主主義、我々の生活を脅かす極めて卑怯な犯行である。

 では、なんでこのような愚かな行動を犯人が行ったのかをいくつかの説を元に考えてみた。

 

無敵の人の攻撃説

 今回の件で、ネットをつらつら見ると「無敵の人」という言葉に出くわすことがある。これは面白い造語で、いじめられて引きこもったりした人や親のすねをかじっている人は社会的な地位や守るものがないため、何をしでかすかわからないというものだ。

 何をしたところでこれ以上失うものがないからきっと悪いことをやるやつがいる!…というのは一定の説得力を持つ。

 ただ、根本的に大きな疑問があって、彼らには本当に失うものがないのだろうか?

 引きこもった奴は引きこもった場所こそ安住の地であり、我々がどう思おうとも、その安心こそ大切な宝で彼らが守るものじゃないのだろうか。また、親のすねをかじっている奴はその親こそ彼らの大切な資産であり親が供給する物資こそ守らないといけないんじゃないだろうか。

 そう考えると、むしろ「無敵の人」は小さな世界や残された自意識を守るために必死になっているような気がする。失うものがない人なんていない。みんな何かを持っている。本当に失うものがない人は無気力であり何もしない。

 また、そういった石つぶしや家事手伝いは一説には200万人以上いると言われている。もし、彼らが潜在的な犯罪者とするならばそれこそ大問題だが、彼らが起こす事件の多くが尊属殺人だったり小さな範囲でのDVだったりするので、その行動はやはり自分たちがもつ小さな範囲の権利を守るために使われるのではないかと思う。

 つまり、「無敵の人」はその無敵を守るために必死であり、自分と遠い概念・国家とか将来的の危機などのためにアクティブな活動をするとは考えにくい。あくまでいい加減な造語であり、現実とははく離した概念だと思う。

 

英雄願望説

 こういった政治的な指導者を襲う事件としてはここ数十年ほぼ起こらなかった(未遂ばかり)。一方で、江戸後期から大正期にかけては流行りになっていたみたいで、そこいらを探すと色々出てくる。

 そういった事件の多くでは実行犯の名前はほぼ残されない。井伊直弼を殺したのは誰?と言われてもわからない。その思想も調べてもよくわからない。これは多くの人がこういった事件を一過性の事故だと思う節があり、ある意味で「穢れ」として見てみないふりをして、事件が忘れ去られる傾向があるようだ。「穢れ」とは簡単に言えば、「ゴキブリ」である。この虫は特に汚くないのに嫌われ無視される。我々の心の内にこの虫は不浄だと強く焼き印が押され、この感情は決して変わらない。つまり、多くの暗殺者はGとして我々に忌み嫌われて消されるのだ。

 そんな中で、名前が知られている人もいる。例えば、朝鮮人安重根が有名だ。彼は第一代内閣総理大臣伊藤博文を暗殺した。彼は私兵を持ち悪徳朝鮮人と戦い、ロシアで抗日運動・ゲリラをし、暗殺を実行して死刑になった。また、その過程で当時多くの朝鮮人からも否定されているし、伊藤を暗殺した為に朝鮮の植民地化が加速した側面を持っている。そのため、朝鮮の運命が決定したターニングポイントの人物をして名が残っている。また、韓国の右翼活動のアイコンとして知られている。

 彼と比べると、その他多くの政治家暗殺者の名前や主張はほとんど残らないし、暗殺によって事態が変わるようなことはないため、歴史的にも暗殺者はほとんど無価値だ。

 つまり、もし英雄として名を残したいなら、政治家を暗殺するのではなく政治家がやろうとした行政を止めることで本質的な英雄となりうることがわかる。

 そういった視点で見ると、今回起こった事件は大きく取り上げられ騒ぎになったが、政治的に自民党一強は変わらず、カルト宗教はそのまま存在し、選挙制度も変わらないため、おそらく彼らが変えたかった現実は変わらず、むしろ悪化したともいえる。

 そのため、いくら専門家が価値を見つけようとしても、流れを変えられなかった今回の暗殺者はGでしかない。例え正当な主張があったとしても、その行為はただの人殺しであり、汚れたのゴキブリなのだ。

 

SNSにあてられた説

 こういった事件に接して、識者みたいな人達の言説を見ると、言論は百花繚乱でみんな適当なことを言っている。そんな中で、政治的に左系の人たちの言を見ると、その裏表に「安倍は死んでもしょうがない」というクソみたいな思想が見え隠れする。

 そういった人たちは徒党を組みインターネット各所で騒いだり、デモと称したお祭り騒ぎをして喚いているが、彼ら自身が今回のような罪を犯すことはほぼない。

 彼らの多くはただピーピー言っているだけで、自分たちが傷ついたり金銭的に損をして何かを成そうとしない。むしろそれを元に金儲けしようとさえしている。基本的に彼らの政治活動は遊びの延長で、興味がなくなると他の話題に移ってしまう。これは陰謀論者やネット右翼などにも当てはまり、彼らは自分が損をする行動をしない代わりに自分たちにとって楽しい物語を見たい・感じたいという欲望に突き動かされて発言していると解析されている。

 こういった人たちの好む言説はでたらめだけど興奮するように組み立てられるので、それを何となく見てしまう人はビックリして感化されてしまうことさえある。

 虚偽情報に洗脳された人たちが刺激を求めて先鋭化してゆき行動が過激化する…なんてことが昨今言われてきたが、イーロンマスクがツイッターをフラットにしてみると、日本において、そういった主張はほどんど広まらず仲間内で騒いでいるだけの小さなものだとわかった。過激なことを言っても仲間の内々で情報は周り、ほとんど外には出ていなかったのだ。

 つまり、こういった言論に感化される人はほぼおらず、こういった言葉を使って騒いでいる人たちは限定され、その彼らには世界を変える意思はなく、傷を負い罪を犯す人は実際には存在しない。日本ではSNSによる扇動は杞憂だったとわかる。

 

精神病患者説

 テレビ全盛の時代、我々が理解できない事件が起こると犯罪に適当な理由がつけられて、その属性の人がすべてにレッテルを張られた。ロリコン系エロ漫画をたくさん持つ人が実際に女児を犯して殺した事件があると、そういった雑誌を持つ人はすべて犯罪者だと恐怖の視線が向けられる…みたいな感じだ。連日テレビで朝晩関係なくそれが放送されると、ロリコンは犯罪者という刷り込みが自然となされてしまう恐ろしいシステムが形成されていた。

 同じようなことが精神病患者にも当てはめられた。彼は〇〇病なのでこういった犯罪をするという感じで恐れられたものである。

 しかし、実際はそんなことはない。例えば、統合失調症の患者が悪いことをするという言説があるが、それは統合失調症を知らない人が作った適当な嘘だ。この病は犯罪どころが普通に生きることができない。犯罪以前の問題だ。

 では、なぜこういった所謂「精神病」が原因による犯罪の可能性が言われるかというと、一つは減刑のために犯罪者の弁護士が病気をでっち上げたということと、もう一つは金儲けのために精神科医がでたらめな診察で病気をでっちあげていることが挙げられる。

 個性の解釈をゆがめて病気認定し、精神病の薬という名の麻薬を売るために精神病患者を量産している今の医療のほうがよっぽど社会的害悪なんだよね…

 

犯行理由を考える

 他にもいくつもの原因が考えうるが、どれもしっくりこない。

 これは今回の犯罪者の個性があまりにも希薄だからだ。政治的義憤もない。生活苦もない。病歴もない。いうなれば「普通の人」なのである。働こうと思えば働ける程度の状態の暇人だ。

 しかし、普通の人は人殺しなんかしない。犯罪者との差異は生活的に余裕があったことくらいだ。 

 つまり、暇人が暇つぶしに人殺しをしたという狂った状態なんだけど、その根本的理由がなんとなく目立つ方法で目立つ人を殺そうとしただけに思える。夜に明りによって来る蛾みたいなものだ。安倍氏は宗教家の代わりに殺されたし、岸田氏に関しては単なる模倣犯だ。そう考えると、具体的な動機なんかは存在しないとみたほうがいいのではないかと思う。

 これから専門家(笑)がいろいろと屁理屈を言ったり、犯人が泣き言をほざきだすかもしれないが、後で取ってつけたようなお粗末なものになるだろう。

 世界や社会を変えようと思って動いていた革命志向の戦前の暗殺者とはえらい違いであり、あんまり真面目に原因を探るのは労力の無駄なんだろう。

 

終わりに

 固定概念を前提に考えるとうまく考察できなかった。何かぼんやりとして気持ち悪いが、どんな理由があるにしろこういった卑怯な犯罪は許してはならないと思う。これが許されれば誰でも気にくわない奴は殺していいという誤ったサインになる。

 さっさと社会のゴキブリに罰を与えて早く終止符を打ってもらいたいものだ(;´Д`)

 

 

 

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